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東京地方裁判所 昭和54年(わ)2120号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、建築及び土木工事を業とするフジタ工業株式会社(以下「フジタ工業」という。)に勤務し、昭和五一年一二月一日から同社東京支店における土木担当副支店長として、同支店における土木関係の工事受注、工事契約、工事代金支払に対する査定等の業務を統括するとともに、下請業者との間で架空の工事契約を締結し、あるいは下請業者から工事代金の水増し請求をさせるなどして下請業者に正規の工事代金以外の金銭を支払つて後にその一部を返戻させるなどの方法により作出する、同支店の計算書類に記載しないフジタ工業の営業活動等の用に供する資金(以下「簿外資金」という。)の調達、保管等の業務に従事していたものであるが、

第一、一 フジタ工業が東京電力株式会社から受注した高圧電線の管路新設等の工事である「練馬・九段線管路新設工事(第四工区)」に関し、簿外資金作りに仮装してフジタ工業から工事代金支払名下に一〇〇〇万円を騙取しようと企て、フジタ工業東京支店工事部小石川作業所長として下請業者に対する発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していた片山正喜及び同人を介し、フジタ工業の下請業者として右工事に従事していた土木建築工事の設計施工等を営業目的とする株式会社河野商事(以下「河野商事」という。)の代表取締役河野利夫に依頼し、片山において、同五三年三月六日ころ、東京都渋谷区千駄ケ谷三丁目一三番一八号WDIビル内所在のフジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は河野商事をしてそのような工事を施工させる意思がなく、かつ、受領する工事代金は、これより先被告人においてほしいままに利得して費消するため右河野から受領していた金員の返済等に充てる意図であるのにこれを秘し、あたかも右工事の関連工事であるように仮装して工事名「立坑堀削工」なる工事(工事代金一六〇〇万円)を、右工事の正規の関連工事である工事名「シードル工残土処分工事」(工事代金金二一九〇万円)とともに、工事名「シールド工残土処分等工事」(工事代金合計三七九〇万円)として、河野商事に対し発注する手続をされたい旨の一部内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付し、同月一〇日ころ情を知らない右調達課課員をして、河野商事に対し、右のとおりの工事を発注させる等してその旨の工事契約(契約番号〇四〇―〇一)を締結させたうえ、同月一五日ころ、片山において、右フジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長らを介して同支店総務部経理課長中村欣也に対し、その事実がないのにあたかも河野商事が右「立坑堀削工」なる工事を完工したように装つて河野商事作成名義の右工事代金一六〇〇万円の請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右請求額に相応する工事出来高があつたので右契約による支払額はその九〇パーセント内の一四〇〇万円である旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よつて同年四月一五日ころ、フジタ工業から、同都練馬区東大泉五〇九番地二七所在の株式会社富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に河野商事に対する他の正規の工事代金とともに五二六七万四七〇〇円の振込送金をさせ、また、そのころ、同都渋谷区千駄ケ谷四丁目六番一五号所在のフジタ工業本店において、河野に対し河野商事に対する他の正規の工事代金とともに額面合計一四〇七万円の約束手形を交付させ、もつて右工事代金のうち一〇〇〇万円の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得た、

二 フジタ工業が福島交通観光サービス株式会社から受注した温泉引込管敷設等の工事である「ロイヤル温泉工事」に関し、簿外資金作りに仮装してフジタ工業から工事代金支払名下に一三五〇万円を騙取しようと企て、同年八月一一日ころ、被告人に命じられるまま簿外資金作出のためと信じていた情を知らないフジタ工業東京支店工事部長和泉等及びその部下職員である同支店工事部那須作業所長海老原進らをして、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は右工事の下請業者である豊成建設株式会社(以下「豊成建設」という。)をしてそのような工事を施工させる意思がなく、かつ、受領する工事代金は、これより先被告人においてほしいままに利得して費消するため簿外資金であるが如く装つて右豊成建設から受領していた金員の返済等に充てる意図であるのにこれを秘し、あたかも右工事の関連工事であるように仮装して豊成建設に対し工事名「仮設工事」ほかの工事(工事代金一三五〇万円)を発注する手続をされたい旨内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付させ、同月二四日ころ情を知らない右調達課課員をして、豊成建設に対し右のとおりの工事を発注させる等してその旨の工事契約(契約番号〇〇八―〇一)を締結させたうえ、別紙一記載のとおり、同月一五日ころ及び同年九月一五日ころの前後二回にわたり、右和泉らをして、前記フジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長らを介して同支店総務部経理課長河合正太郎に対し、その事実がないのにあたかも豊成建設が右「仮設工事」その他の工事を完工したように装つて豊成建設作成名義の同別紙「請求額」欄の請求額記載の各請求書(兼労務支払票)に右請求額に相応する工事出来高があつた旨記載させて提出させ、右河合をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よつてフジタ工業から同都大田区蒲田五丁目一四番一―一〇一号所在の株式会社三和銀行蒲田支店の豊成建設名義の普通預金口座に豊成建設に対する他の正規の工事代金とともに同年九月五日一八一〇万四九八六円、同年一〇月五日一八五五万二八五六円の各振込送金をさせ、もつて右工事代金一三五〇万円と同額の財産上不法の利益を得た、

三 フジタ工業が東京都水道局ほか二箇所から受注した「板橋区東山町東新町一丁目地先間配水本管(二、六〇〇ミリメートル)工事等」ほか二件の工事に関し、簿外資金作りに仮装してフジタ工業から工事代金支払名下に合計六〇四万円を騙取しようと企て、別紙二記載のとおり、同年八月三日ころ及び同月七日ころ前後三回にわたり、被告人に命じられるまま簿外資金作出のためと信じていた情を知らないフジタ工業東京支店工事部長神原敬及びその部下職員である上板水道及び新江戸川橋作業所長川田望、船堀東電作業所長菅野和男らをして、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は右各工事の下請業者である株式会社山本建設(以下「山本建設」という。)をしてそのような工事を施工させる意思がなく、かつ、受領する工事代金は、これより先被告人においてほしいままに利得して費消するため簿外資金であるが如く装つて右山本建設から受領していた金員の返済等に充てる意図であるのにこれを秘し、あたかも右各工事の関連工事であるように仮装して山本建設に対し工事名「東電人孔及び水道分岐取付ケ所仮設・土工事」ほか二件の工事(工事代金合計一五〇〇万円)を発注する手続をされたい旨内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付させ、同月七日及び八日前後三回にわたり、情を知らない右調達課護員をして、山本建設に対し右のとおりの各工事を発注させる等してその旨の工事契約を締結させたうえ、同月一〇日ころ、右神原らをして、前記フジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長らを介して前記河合正太郎に対し、その事実がないのにあたかも山本建設が右各工事を完工したように装つて、山本建設作成名義の同別紙「請求額」欄の請求額記載の各請求書(兼労務支払票)に右各請求額に相応する工事出来高があつた旨記載させて提出させ、右河合をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よつて同年九月五日フジタ工業から同都江東区東砂五丁目二番一五号所在の株式会社住友銀行砂町支店の山本建設名義の当座預金口座に合計六〇四万円の振込送金をさせ、もつて右工事代金六〇四万円と同額の財産上不法の利益を得た、

第二、別紙三記載のとおり、同年二月二七日ころから同年一二月二〇日ころまでの間、前後四回にわたり、前記フジタ工業東京支店において、同会社のため簿外資金として調達し業務上預かり保管中の現金合計三〇〇〇万円を自己の用途に費消するため同支店から持ち出し、もつてこれを着服横領したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(判示第一の各事実認定についての証拠説明)

被告人及び弁護人は、判示第一の各詐欺の点につき、判示のような方法で判示の各金員を作出したという外形的事実自体は争わないものの、これらは、当初から被告人がほしいままに利得して費消するために殊更調達したものではなく、フジタ工業東京支店土木部門における通常の簿外資金作りの一環としてなされたもので、被告人はこのような特定の金員ではなくたまたま保管していた簿外資金を自己の用途に流用したにすぎないから、被告人には詐欺の犯意がなく、従つて、これらが背任ないし横領の罪に問擬されるは格別、詐欺罪には該当しない旨主張するので、以下検討する。

一(フジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の調達、保管、使途等について)

フジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の調達、保管使途等の状況が次のとおりであることは、被告人の認めるところであつて、前掲証拠上も疑いなく認められるところである。

(1)  フジタ工業東京支店においては、かねてから工事受注活動のための政治家等に対する工作などに使用する営業活動用資金などとして計算書類に記載しない簿外資金が存在していたところ、土木部門においては、右簿外資金は、従来、副支店長が必要の都度各工事部長に指示して判示のような方法により調達し、これを同支店総務部長大西進が保管し、同支店長ないし管理当副支店長の許可を得て支出していたが、被告人が土木担当副支店長となつてからは年初に簿外資金の年間調達予定額を定めてこれを部下の各工事部長等に割当てその調達をより組織的かつ計画的にするとともに、昭和五二年六月ころから右大西総務部長とは別に自己の部下である工事部長代理福本哲也にもその保管を命じ(このことは右大西の察知するところとなつたが、同人も暗にこれを了解していた)、同支店長等の許可の有無に関わりなく被告人が自己の判断で出し入れし易いような保管体制をとつていたこと。

(2)  被告人が簿外資金の割当、調達を指示するのは各工事部長ないしは工事部長代理に対してであり、昭和五三年度の各工事部長に対する割当は同年はじめころに終つており、神原部長、和泉部長、正富部長らにそれぞれ数千万円の割当がなされたこと。

(3)  なお、同支店における工事代金等の支払業務は、管理担当副支店長の管轄する総務部経理課が分掌しており、下請業者に対する支払は、毎月一五日締めで、労務のみ提供の場合は翌月の五日払、資材、労務提供の場合は外注と称し、翌月一五日払であつたこと。

以上のとおり認められる。

二(判示第一の一の事実関係)

そこで、まず判示第一の一の事実について検討するに、

1  以下の事実は、被告人及び弁護人においてほぼ争わず、前掲各証拠によつて明らかに認められるところである。

(1) 被告人は、昭和四八年ころ銀座のクラブ「ロマネスク」に出入りするうち、ホステスをしていた岸本典子こと久保田クニメ(以下「久保田」という。)と知り合い、同五二年六月ころ、右久保田が銀座のクラブ「ロワール」の雇われマダムになる際、右クラブの経営会社から一〇〇〇万円の貸付金等を借受けるにつき連帯保証人となつていたところ、同五三年二月ころ、契約どおりの営業成績を確保できないまま右借入金残高等一一六八万余円の返済を条件に同月末日限りで同クラブを辞めることになつた同女から右返済金のうち一〇〇〇万円を同月末日までに出して欲しい旨懇請されてこれを承諾し、同月二二日ころ半分の五〇〇万円を、同月二七日ころ残りの五〇〇万円をそれぞれ同女に渡し、同女は同年三月七日右返済金を返済していること。

(2) 被告人は、右一〇〇〇万円は簿外資金を利用して調達する意図であり、右二月二七日ころ久保田に渡された五〇〇万円は前記福本に命じて同人が保管していた簿外資金から支出させてこれを受取り調達したものであること(判示第二の別紙三の番号1の事実)。

(3) 被告人は、この間の二月中旬ころ工事部長岡敏晴を通すことなくその部下である判示の小石川作業所長片山正喜にその使途を明示しないまま同月末日までにできるだけ急いで五〇〇万円の簿外資金を作ることを依頼し、これを受けた片山は同月二二日ころ小石川作業所の下請業者である河野商事の河野利夫に事情を告げとりあえず五〇〇万円を立替えて貰い、これを即日フジタ工業東京支店付近の喫茶店で被告人に渡し、片山はその後右五〇〇万円返済のため河野商事へ税金分等の手数料を加えて一〇〇〇万円を支払うこととし、判示のとおりの手続を経て、フジタ工業から河野商事に対し一〇〇〇万円を銀行振込等により支払わせていること。

以上のとおり認められる。

2 ところで、被告人は、捜査段階においては、久保田に頼まれた一〇〇〇万円は福本保管の簿外資金から出そうと思つていたが、当時福本から二月末までに都合できるのは五〇〇万円である旨言われたため、簿外資金作りに仮装して残りの五〇〇万円を片山を通じて調達しようと考え、判示第一の犯行に及んだ旨供述し、詐欺の事実を自白しているところ、右自白の任意性を疑わしめる事情は全く存在せず、その信用性についてみても、被告人が久保田から一〇〇〇万円の調達を頼まれて福本保管の簿外金から調達しようとしたが足りず、小石川作業所長の片山に残り五〇〇万円の調達を依頼するに至つた経緯及び動機、特に、工事部長ないし工事部長代理にのみ調達を命じる通常の簿外資金作りの場合と異なり片山の上司である岡部長を通すことなく直接その部下である作業所長の片山に依頼した理由及びその心理状況、被告人が片山の調達した五〇〇万円を受取り、これを久保田に渡した状況及びこの間の片山、久保田とのやりとり等についてその事実がなければ到底語りえないと思われる事情が詳細かつ具体的に供述されて虚偽の自白をしたものとは到底考えられない真実味が認められる。かつ、その供述内容は、前掲証拠から認められる客観的事実に符合するのみならず、本件の関係者である片山正喜、河野利夫、久保田クニメ等の前掲各供述調書の内容とも符合して矛盾がないうえ、そもそも本件において簿外資金に関する被告人の行為が詐欺となるのか横領その他の犯罪となるのかは簿外資金を作出させる時点で既に被告人がこれを領得する意思を有していたかあるいはその時点ではその意思を有せずその後にこれを生じたかによつて決せられるのであつて、ひつきよう被告人の意思内容如何にかかるところ、前記一の事実から明らかなようにフジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の調達、保管、使途のすべてを把握しているのは被告人以外になく、被告人の供述にまたないで検察官が本件を詐欺とし、判示第二の事実を横領と認定したうえ被告人に自白を迫るなどということは考えられないところである。しかも、被告人の前掲検察官に対する弁解録取書及び裁判官に対する勾留質問調書によれば、被告人は逮捕当初から片山に作らせた本件五〇〇万円を久保田に渡したものである旨認め、また当公判廷における罪状認否においてもこれを維持していたこと等からみて、右自白は十分信用できるものといわなければならない。

もつとも、この点につき被告人は、当公判廷において、右自白を翻えし、片山に作らせた五〇〇万円は、被告人が同年二月ころフジタ工業本社の門田営業本部長から東京電力株式会社からの工事受注対策費として五〇〇万円必要であるから届けるようにいわれたので、これが年初予定の簿外資金の枠外であつたことから別枠で作ることとし、当時社内的に冷遇されてくさつていた片山の作業意欲を喚起するため部課長をとばして直に片山に五〇〇万円の簿外資金作りを頼んだもので、同人には岡部長に内緒にしてくれなどとは言つていないし、そもそも片山が岡部長に内密に一〇〇〇万円もの簿外資金は作れない、そして、片山の作つた五〇〇万円は福本に渡し同人をして本社に届けさせており、二月二二日ころ久保田に渡した五〇〇万円はこれではなく、福本が保管していた簿外資金の中から受取つて渡したものである旨弁解しており、証人福本哲也も被告人から五〇〇万円を受取り本社へ届けたことが一度ある旨供述しているが、右供述と前記1の事実とを対比して考えると、被告人は二月二二日ころ片山から五〇〇万円を受取りながらこれを福本に渡して本社に届けさせる一方、福本保管の簿外資金から同額の五〇〇万円を出させて同日久保田に届けたことになり甚だ不自然であるばかりか、証人福本も五〇〇万円を被告人から受取り本社に届けたのは二月中旬ころである旨明確に供述して、被告人が片山から五〇〇万円を受取つた二月二二日ころとは時期を異にするのみならず、被告人も前記のとおり逮捕当初から本件五〇〇万円は久保田にやつたものであることは認めていたものであり、またその後の供述においても門田営業本部長に命じられて本社に届けた五〇〇万円は支店長の許可を得て大西総務部長保管の簿外資金の中から調達した旨本件五〇〇万円と明確に区別して供述しているのであつて、更に被告人自身当公判廷において、一旦、大西総務部長から調達した五〇〇万円を本社に届けたものであることを認めながら証人福本の証言後に確定的に前記のような供述をなすに至つていること等に照らし、前記弁解は到底措信できないところである。

また、本件五〇〇万円の調達を直に片山に頼むことで片山の意欲を喚起するつもりであつた旨の弁解も、被告人が作業所長に対し簿外資金作りを指示することが極めて異例のことであり、本件以外には例がないうえ、前掲各証拠によれば、被告人は片山に対し、五〇〇万円の簿外資金作りを指示するにあたり、この件は岡部長には言つていない旨述べ、同部長に内密に作るものである旨告げていることが認められることからみても(証人片山正喜は、当公判廷において、この点につき曖昧な供述をするのみであるが、その捜査段階における供述を明確には否定していないところ、同人及び河野利夫の検察官に対する各供述調書によればこれを優に認めることができる。)、右弁解は到底信用できない。

3  以上説示のとおり、被告人は、片山に対して五〇〇万円を内密に作るよう指示したこと、被告人が片山から右の五〇〇万円を受取つた時期と久保田に五〇〇万円を渡した時期とが一致していること、久保田に渡す一〇〇〇万円のうち五〇〇万円を簿外資金作りに仮装して片山に作らせた旨の被告人の捜査段階における自白が十分信用できるものであることがそれぞれ認められるのであつて、以上によれば、判示第一の一の行為が詐欺罪に該当することは明らかであつて、被告人及び弁護人の主張は理由がない。

三(判示第一の二及び三の事実関係)

次に、判示第一の二及び三の事実につき検討するに、

1以下の事実は、被告人及び弁護人においてほぼ争わず、前掲証拠によつて明らかに認められるところである。

(1) 被告人は前記二の1のとおり久保田にクラブ「ロワール」の返済金のうち一〇〇〇万円を調達してやつたのち、同五三年五月下旬ころ、同女から銀座で店を持ちたいので資金面での援助をして欲しい旨の申し出を受け、その後、同年六月下旬ないし七月初めころその話が具体化してこれを承諾し、同年七月ころ同女からクラブ開店のための資金売上入金表(昭和五四年押第一五三四号の一五)を示されたが、これによれば、同年九月二七日開店予定で、それまでの開店資金として七月下旬ころ店舗賃借の仮契約料及び名義書替料として合計七二一万余円、八月一三日ころ店舗の本契約料として二〇〇〇万円、九月ホステス導入金として一〇〇〇万円等の約四〇〇〇万円近い資金が必要とされ、更に右開店後の運転資金として同年一二月までに更に二〇〇〇万余円の資金が必要とされていたこと。

(2)  被告人は、当初は右資金のうち開店資金に要する約四〇〇〇万円は全部出してやることを約束し、運転資金二〇〇〇万余円については自分の顔で他から借りてやる心算であつたが果たせず、結局右二〇〇〇万円も出してやることになつたが、右資金はいずれも簿外資金を利用し調達する心算であつたこと。

(3)  被告人は、ほぼ右予定表に従い、七月二五日ころ、工事部長山本博が福本に届けた簿外資金五〇〇万円を同人から受取り、また自己の社内預金から二二〇万円を下ろして久保田に渡し(判示第二の別紙三の番号2の事実)、また八月一三日予定の二〇〇〇万円についてはその後久保田から賃借予定店舗の権利者から契約を早めて貰いたいと言われているので右二〇〇〇万円を予定より早く出してもらいたい旨の要請を受け、八月五日に二〇〇〇万円を久保田に渡したが、右二〇〇〇万円のうち、五〇〇万円は七月末ころ工事部長正富継男の部下である工事課長多田力が届けたものを流用したものであり、うち三〇〇万円は被告人が大西総務部長から「扱い」の名下で借り受けた四〇〇万円の一部であり、残り一二〇〇万円のうち七〇〇万円は福本保管の簿外資金から受け取つたものであること(以上、判示第二の別紙三の番号3の事実)。

(4)  右のとおり資金の提供を受けた久保田は、銀座八丁目のビルの一室を店舗として借受けるにあたり、七月二六日賃借契約の仮契約料として五〇〇万円を支払い、更に八月八日二〇〇〇万円を支払つて本契約をするとともに名義変更料二二一万余円を支払い、同ビルの賃借契約を済ませ、また有限会社岸本企画を設立して自ら取締役に納まるなどして準備を整え、予定どおり九月二七日同ビル内でクラブ「岸本」を開店したこと。

2 更に、被告人の捜査段階における自白を除く前掲各証拠から、次の事実も認められる。

(1) 正富部長は、六月末か七月初めころ、被告人から七月末までに一〇〇〇万円の簿外資金を作るよう依頼され、五〇〇万円は七月末ころまでにできるが、残り五〇〇万円はもう少し遅れるかも知れない旨伝えてこれを了承し、同月末ころ、部下の多田課長を通じて被告人に五〇〇万円を届け、また八月七、八日ころ下請の五興建設から五〇〇万円を立替えてもらい、これを福本に届けたこと。

(2) 神原部長は、七月一八、九日ころ、被告人から同月末ころまでに五〇〇万円の簿外資金を作るよう頼まれてこれを了承し、八月はじめころ下請業者の山本建設から五〇〇万円を立替えてもらい、これを被告人に渡してくれるよう伝えて福本に渡し、同人は即日これをそのまま被告人に渡したこと。

なお、山本建設は、右五〇〇万円を信用金庫から借入れて調達したこと。

(3) 和泉部長は、七月下旬ころ、被告人から早急に一〇〇〇万円の簿外資金が必要であるのでこれを作るよう依頼され、下請業者の豊成建設から一〇〇〇万円を立替えて貰い、八月八、九日ころ福本に渡し、同人はこれを右から左にそのまま被告人に渡していること。

(4) 久保田は、前記のとおり、被告人から八月五日に二〇〇〇万円受取つたほか、同月八、九日ころ八〇〇万円を受取つていること。

以上のとおり認められる。

3 ところで、被告人は、捜査段階においては、久保田にクラブ開店資金の四〇〇〇万円を出してやることにしたが、七月から九月までの間に四〇〇〇万円もの金を福本保管の簿外資金から出すことはできないので簿外資金の出金状況と前記資金売上入金表とをにらみ合わせ、結局一五〇〇万円は福本保管の簿外資金から都合をつけ、二五〇〇万円は簿外資金作りに仮装して神原に五〇〇万円、和泉、正富に各一〇〇〇万円を割当て、神原が作つた五〇〇万円は福本を通じて受取り、八月五日に他の金と一緒にして二〇〇〇万円にし久保田に届けた、和泉の作つた一〇〇〇万円は福本を通じて受取り、うち二〇〇万円は他の用途に充て、残りの八〇〇万円は即日久保田に届けた旨供述し、判示第一の二及び三が詐欺罪にあたることを自白しているところ、右自白の任意性を疑わしめる事情は全く存在せず、その信用性についてみても、簿外資金としては不足する二五〇〇万円は簿外資金作りに仮装して神原、和泉、正富に調達させようとした経緯及びその動機が十分首肯できるのみならず、その後久保田から八月一三日に予定していた二〇〇〇万円の調達を早くするよう要請されて慌てた経緯及びその間の心理状況等についてその事実がなければ到底語りえないと思われる事情が詳細かつ具体的に供述されて虚偽の自白をしたものとは到底考えられない真実味が認められ、かつ、その供述内容は、前掲証拠から認められる客観的事実に符合するのみならず、神原敬、和泉等、正富継男、福本哲也、大西進、久保田クニメ等関係者の検察官に対する各供述調書の内容とも符合して矛盾がないうえ、前記二の2で検討したと同様、フジタ工業東京支店土木部門における簿外資金の状況のすべてを把握している被告人の供述にまたないで検察官が本件を詐欺とし判示第二の事実を横領と認定したうえ被告人に自白を迫るなどということは考えられないところであることに、被告人は当公判廷における罪状認否においては詐欺の事実もこれをすべて認めていたことを併せ考えるならば、右自白は十分信用できるものといわなければならない。

もつとも、この点につき被告人は、当公判廷において、右自白を翻えし、判示第一の二及び三に関連する神原関係の五〇〇万円、和泉関係の一〇〇〇万円はいずれも年初に割当てた簿外資金の予定分としてその枠内で作らせたもので、久保田にやる金を捻出するため特に指示して作らせたものではない、神原や和泉に簿外資金作りを催促したことはあるが、これは福本から、簿外資金を支出する中元の時期が近いのに割当額がなかなか入つてこないから各部長に催促してくれといわれてしたものであり、他の部長にも催促している、久保田にはどの金をやるというのではなく、これにより調達保管される簿外資金の中から渡すつもりであつた旨弁解し、また、証人福本哲也もお盆が近づいたのに簿外資金が不足気味だつたので早目に各部長に督促するよう被告人に頼んだ旨供述している。

しかしながら、同証人の供述によれば、同人が被告人に右の督促を頼んだのは五月下旬か六月上旬ころであることが認められ、かつ前掲各証拠によれば、神原、和泉、正富ら各工事部長がそのころ被告人から今年も例のやつを頼むという程度のことを言われていることが認められるうえ、中元のために簿外資金を作るためには前記一の同支店の支払手続からみて少くともそのころから各工事部長にその旨強く要請しなければ間に合わないところ、前記2のとおり被告人は六月下旬又は七月初めころ若しくは同月中、下旬にかけ急拠二五〇〇万円もの簿外資金作りを促し、協力を求められた各下請業者はいずれもこれを立替えて都合していることからみて被告人の右供述は極めて不自然なばかりか、前記1、2の各事実から明らかなように、被告人が神原、和泉の作つた金員を受取つた時期と久保田に金員を渡した時期とが一致していることに照らしても首肯し難く、結局、右弁解は到底信用できないところである。

4 以上説示したとおり、被告人は、神原、和泉に対してそれぞれ五〇〇万円、一〇〇〇万円を殊更急いで作らせていること、被告人がこれらの金を受取つた時期と久保田に渡した時期とが一致しているほか、その金額も被告人が他の用途に充てた分を含めて考えれば一致していること、これらは久保田にやるために簿外資金作りに仮装して作らせたものである旨の被告人の捜査段階における自白が十分信用できるのであることがそれぞれ認められるのであつて、以上によれば、判示第一の二及び三の各行為が詐欺罪に該当することは明らかであるから、被告人及び弁護人のこの点の主張も理由がない。

5 なお、弁護人は、被告人の検察官に対する昭和五四年七月二六日付供述調書によれば、被告人は、久保田に提供するクラブ開店資金四〇〇〇万円のうち二五〇〇万円を年初予定の簿外資金と別枠で作ることとし、うち五〇〇万円を神原、内各一〇〇〇万円ずつを和泉、正富の各部長に命じて調達させることとした旨供述しているのに、検察官は神原、和泉の関係を詐欺罪で起訴し(判示第一の二及び三の事実関係)、正富関係は横領罪で起訴しているのであつて(判示第二の別紙三の番号3の事実関係)、このように区別する理由はない旨主張し、被告人の右供述調書によれば、なるほど被告人は検察官に対して右のように供述して正富関係についても当初から久保田にやるつもりで簿外資金作りに仮装して金を作らせた如く、すなわち詐欺の犯意であつたように供述していることが認められるが、前掲証拠、なかんずく正富継男及び多田力の各供述調書によれば、正富部長は簿外資金作りには消極的で、昭和五三年初頭に被告人から割当てられた多額の簿外資金のうち五〇〇万円を作つてその責を塞ごうと考え、同年四月初めころ部下の多田課長に簿外資金五〇〇万円を作るよう指示し、同課長は同年五月ころ下請業者の中村重機興業株式会社の協力を得て水増契約によりこれを作ることとし、同年五月八日ころ契約手続等を全て完了し、同同年七月一五日ころ実際出来高を上回る工事代金として六一五万円を同会社に支払わせていたこと、この間の五月ころ正富部長は、被告人から例のやつを頼むよといわれたことはあつたが、五〇〇万円を準備していることはおくびにも出さずにいたところ、同年六月末か七月初めころ被告人から急ぎの金がいるので七月末までに一〇〇〇万円の簿外資金を作つてくれないかといわれたため、既に準備中の右五〇〇万円のほかに更に五〇〇万円を作ろうと考え、五〇〇万円は七月末にできるがもう五〇〇万円はもう少し遅れるかも知れない旨伝えてこれを承諾し、直ちにその旨を多田課長に伝え、同課長は中村重機から五〇〇万円を返戻してもらい七月末ころ直接これを被告人に渡したこと(判示第二の別紙三の番号3の事実)、更に残りの五〇〇万円は前記(三の2の(1))のとおり八月七、八日ころ正富部長が福本に届け、同人は被告人の指示によりこれを大西総務部長に届けていることが認められ、これによれば、正富関係として本件で起訴されている五〇〇万円(八月五日ころ被告人が流用した分)は被告人が久保田にやるため調達しようとしてした指示と関わりなくそれ以前の年初予定の簿外資金の一部として正富部長の許で作られていたものであり、被告人の前記の供述は、この事実を知る由もなかつた被告人が、本件正富関係の五〇〇万円について、正富において六月末か七月初めころの自分の指示により作つたものとの誤解に基づいてなしたものであることが明らかであるから、その限りで右自白は客観的事実と合致せず、右正富部長関係は、神原、和泉部長の関係と異なり、横領罪を構成するものというべきである。弁護人の右主張は失当である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法二四六条二項(同第一の二の所為は包括して)に、同第二の所為は包括して同法二五三条に各該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人は、フジタ工業東京支店の土木部門の最高責任者である土木担当副支店長として多数の部下職員を指揮監督すべき立場にありながら、かねて好意を寄せその保証人となつていた銀座のクラブホステスから同女が勤務先を辞めるにつき支払うべき精算金の大部分一〇〇〇万円の提供方を懇請されるやこれを承諾し、フジタ工業における工事契約締結手続及び工事代金支払手続について工事部関係者の権限が大きく経理課長の工事代金支払の決裁がおおむね形式的なものとなつていることを奇貨とし、また、同支店土木部門における簿外資金の調達、保管、使途等につき大幅な権限を与えられている自己の地位を利用し、右一〇〇〇万円捻出のため判示第一の一及び同第二の別紙三の1の各犯行に及び、これを契磯に同女と情交関係を持ちいわゆるパトロン的存在となり、その後同女から銀座でクラブを開店するため多額の資金提供方を求められるや同女の歓心を買うため唯唯諾諾としてこれに応じ、前同様の方法で右金員を調達し、その余の各犯行に及んでいるもので、右のような本件犯行の経緯及び動機に酌量の余地がないことはいうまでもないばかりか、その犯行回数が多数回で被害金額も極めて多額に及んでいるのみならず、その犯行態様も、会社の信頼を裏切り右のような自己の地位、権限を悪用し、多数の部下職員及び下請業者のフジタ工業に対する忠誠心を逆手にとり、かつ、簿外資金が多くの場合その使途を明らかにできず証拠書類も残さないことに目をつけた計画的かつ巧妙悪質なものであつてその犯情は甚だ良くなく、このことに本件犯行により会社の信用を失墜せしめ、社会的にも少なからぬ影響を与えていることをも併せ考えると、その刑事責任は重大である。

しかしながら、フジタ工業東京支店においては、かねてから、工事の受注競争等に打ち勝つため政治家等に対する工作などに使用する営業用資金などとして判示の方法により多額の簿外資金を捻出する等不明朗な会計処理を行ない、またその調達、保管、使途等についても十分な管理体制をとることなく事実上被告人に大幅な権限を与えていたもので、このことが被告人をしてさほどの罪悪感を抱かせることなく本件各犯行を決意させたと認められないではないこと、本件各犯行の被害額は合計五九五四万円であるが被告人においてその全額を実質的に利得しているわけではないところ、被告人はフジタ工業に対し自己の実質的利得額にほぼ相当する四八〇四万円を支払つて示談が成立し、同社も現在では被告人を宥恕していること、被告人は右示談金捻出のため自己の財産の処分を余儀なくされ、フジタ工業の理事兼東京支店副支店長として将来の地位を約束されながら本件により同社を懲戒解雇されるなど既に多大の社会的制裁を受けていること、被告人には前科前歴がなく、本件を深く反省しており、その地位、年令、生活環境更には本件各犯行の経緯等からみて再犯の虞は乏しいこと等有利な事情も認められるので、これら諸般の事情を考慮し、主文のとおり量刑したうえその刑の執行を猶予することとした(求刑懲役四年)。

(小林充 白木勇 田中亮一)

別紙一ないし三〈略〉

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